日本財団 図書館


 

いろいろと文書には出ていたりするのですが、実際に行ってみますと「ボランティア活動は社会福祉協議会にまかせてあるので社会福祉協議会でお話ください」という具合で、ボランティア活動は自治体とは直接には関係ないとお考えのところが多いようです。そういう状況ですから、私どもの今回のテーマはかなり先走りすぎているかもしれません。
ではなぜ私どもが自治体とボランティアのパートナーシップに注目しているかといいますと、自治体側はボランティアとパートナーシップを持たざるを得ないからです。これは明確になってきています。というのは高齢社会がどんどん進み、また、環境問題や教育問題等のいろいろなニーズが住民の側に起こってきています。これらに自治体の対処が求められているのです。1つの事例で申し上げれば要介護高齢者が増え、公的介護保険も導入され制度も充実していくでしょうが、それだけでは不十分であることは明確です。つまり、介護の面で言えば人間的な老い方、死に方をしていくためのごく1部をカバーするのが公的介護保険で、そこには多くの人々や隣近所の助け合いがなければ人間らしい生活ができないからです。
高齢社会の進行だけを見ても自治体に対していろいろな要請・ニーズがどんどん住民の側から出されてきます。ところがそれに対応する財政的な処置を自治体は持っておりません。つまり税収の歳入の部分をニーズに合わせて増やしていくことはできません。ニーズの高まりに対して自治体のサービス内容のパイを大きくすることができないことはハッキリしていますので、そこをどうするかが問われているのです。

 

●自治体と住民の役割と責任

 

考えてみれば、公共の「公」のサービスの全てを自治体が担わなくてもいいのではないのでしょうか。例えば、次のような事例をどう考えればよいのでしょうか。多少痴呆の出てきた1人暮らしのお婆さんがいて、その隣の人が自治体の福祉課のところに来てこう言うそうです。「隣のお婆さんにちょっと痴呆が出てきたので、いつ火事になるかわからない。隣の家が火事になったら私の家も燃えてしまう。そのことについて自治体は責任をとってくれるのか」と。こういう問題は各地域にあるわけで、皆さんの周辺にも1人暮らしのお年寄りがいらっしゃるところがたくさんあり、徐々に痴呆が進行している人もいるかと思います。全て自治体の責任としてその初期痴呆症のお婆さんの面倒を24時間管理・監督できるかというと、それは全く無理な話であるわけです。これは誰が考えても当然であると思います。つまりそういうことを自治体に申し入れに行く住民の意識の方が逆に問題なのです。もし町内にそういう方がいれば町内・隣近所の助け合いで火事の問題やどうすればお婆さんが人間らしく生きられる社会を作るのかを、住民つまり市民自身が考えて行動に移さなければならないのではないでしょうか。自分達自身がやらなければいけない問題を行政に依存する傾向が私ども市民の側にあるようです。
つまり行政がやらなければならない範疇は、できるだけ専門的な分野、行政でなければできない分野に限って、そこはしっかりとしたサービスを提供していく。ただし一般の市民・住民がお互いに協力して問題を解決できることは市民の自主性に任せていくという形にしていけばよいのです。
私どもの中には公共という世界ともう1つ私たちの「私(し)」、つまり「公」「共」

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION